リアルを描いて人気を失った画家〜東洲斎写楽〜

歴史・文化

1794年頃に活躍したとされる、謎に包まれた画家、東洲斎写楽

「娯楽といえば歌舞伎!」という時代に、歌舞伎の役者絵をなんと前代未聞の28枚同時リリース

これが売れる売れる。敏腕出版プロデューサとして知られる蔦屋重三郎が、写楽の才能を見出したそうです

f:id:saneful92:20191207204941p:plain

〔市川鰕蔵の竹村定之進〕

当時、役者絵といえば、美化して描くもの。現代ではブロマイドやグラビアは写真ですから、絵のような美化はできませんが、それでもたくさん撮って写りの良いものを採用しますよね。画像の加工というのも一般的です。そういう意味では、当時も今も美化して描いているのです。

しかし、写楽は美化をしなかった。年齢を経ることによって衰えた女方の役者は、その衰えが伝わるように描きました。

f:id:saneful92:20191207203401p:plain

〔四世岩井半四郎の乳人重の井〕

当初は、これが爆発的に江戸の人に受けた。けれど、そのうち役者にもお客さんにも疎んじられるようになりました。役者にとっては美化してもらうに越したことはないでしょうし、お客さんにとっても、家に飾るものは綺麗な方が良かったのでしょうか。

現代でも、役者さんにとっては、自分が綺麗に写っている写真を使って欲しいでしょう。日常の一コマというコンセプトもあるけれど、それもたくさんある一コマのうち、美しいものを選ぶはずですし、むしろ選ぶべきだと思います。

たしかに、写楽の絵は、役者が美化されているようには見えない。けれど、悪意があるようにも、茶化しているようにも見えない。むしろ敬意を評しているように見える。茶化すにしては中途半端だし、そんな中途半端な取り組みのために、28枚もの絵を描いたとも思えない。それに、何かしら打算的な目的だったのであれば、これが世の中で受けないとわかればスタイルを修正すれば良かったはず。でも、それもしていない。

写楽は、役者本人にとってはコンプレックスとも言えるような、鼻の大きさとか、老いとか、そういったものも含めて役者の魅力であり、それを表現したかったのではないでしょうか。

いずれにせよ、写楽は、たった10ヶ月で写楽は人気を失うことになりました。

彗星の如く現れ、彗星の如く去って言った、今なお愛される画家、東洲斎写楽。改めて、彼の作品を楽しんでみたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました